小説

児玉雨子『##NAME##』を読む

美砂乃ちゃんといた世界の断片だけは憐れまれたくなかった。目を離せば、あっという間に散り散りになってしまう小さな世界。誰からも覗きこまれたくなかった。そしてどんな美しい言葉であっても物語られたくなかった。怒りと同じで、物語ることができるのも…

酸漿に似た富士と花――太宰治『富嶽百景』

授業のために、太宰治『富嶽百景』を読んでいるのだが、この小説の最後の場面。 その翌る日に、山を下りた。まづ、甲府の安宿に一泊して、そのあくる朝、安宿の廊下の汚い欄干によりかかり、富士を見ると、甲府の富士は、山々のうしろから、三分の一ほど顔を…

桜庭一樹と鴻巣友季子のすれ違いについて思ったこと

この記事でご紹介いただいたのですが、わたしの原稿に〝介護中の虐待〟は書かれておらず、またそのような事実もありません。わたしの書き方がわかりづらかったのかもしれず、その場合は申しわけありません。影響の大きな媒体であり、とても心配です。否定さ…

アラサーになって『グレート・ギャツビー』を読み切る

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー) 作者:スコット フィッツジェラルド 中央公論新社 Amazon フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』村上春樹訳を読み終えた。この小説は高校生か大学生の時にも読もうとして挫折した記憶がある。それは村…

善悪の彼岸の動物たち――芥川龍之介「羅生門」

芥川龍之介「羅生門」を読んでいると、たくさんの動物たちが出てくる。例えば蟋蟀や、鴉や、「狐狸」。しかし、そうした動物たちは、例えば羅生門に死体をついばむために集まり糞を残していた鴉は「刻限が遅いせいか、一羽も見え」ず、風が夕闇とともに吹き…

死者と語らう――夏目漱石『こころ』

生徒たちの『こころ』の読解の様子を見ていると、案外、Kの自殺の原因を、「先生」=「私」による裏切りやそれに伴う失恋などではなく、K自身の信念にK自身が背いたことに置く。「教科書」どおり(?)信念に反して矛盾を抱えてしまったこと、その矛盾を…

信じる/ない——今村夏子『星の子』

星の子 (朝日文庫) 作者:今村 夏子 発売日: 2020/01/31 メディア: Kindle版 「うそいわないで」「うそじゃない。容器の裏引っくり返して見てみろ。おれのサインが入ってるのは中身全部水道水だ」 母が段ボールの中から一本取りだし、容器を逆さにすると、そ…

男子は友人を知らない——米澤穂信『本と鍵の季節』

本と鍵の季節 (集英社文芸単行本) 作者:米澤穂信 発売日: 2018/12/14 メディア: Kindle版 女子どうしの友情と比べると、男子どうしの友情は淡泊なものに見える。身体的接触は少なく、余程のことがなければ贈り物なんてしないし、電話で雑談なんてしないし、…

アースシーの魔法=哲学と物語——『ゲド戦記』

ゲド戦記(6点6冊セット) (岩波少年文庫) 作者:アーシュラ・K. ル=グウィン 発売日: 2009/03/01 メディア: 単行本 作家アーシュラ・K・ル=グウィンは『ゲド戦記外伝』の「まえがき」でこう語っている。 まったく実在したことのない、つまり一から十まで完全…

長く気持ち悪く痛々しい良質のライトノベル——『イリヤの空、UFOの夏』

【合本版】イリヤの空、UFOの夏 全4巻 (電撃文庫) 作者:秋山 瑞人 発売日: 2018/09/10 メディア: Kindle版 この小説はタイトルに反して?驚くほど爽やかではない。そしてライトでもない。 まず設定や登場人物たちが爽やかではない。軍事政権下のような情勢で…

森見登美彦『夜行』のホラー

夜行 (小学館文庫) 作者:森見登美彦 発売日: 2019/10/04 メディア: Kindle版 森見登美彦の『夜行』を読んだ。正直に言って森見登美彦のこれまでの小説の方が好きだ。しかし、やはりよくできている。 小説は第一夜〜題五夜の五つの章に分かれている。それぞれ…

夏目漱石『坊っちゃん』の「だから」はなぜ「日本文学史を通して、もっとも美しくもっとも効果的な接続言」なのか

日本語学の演習のレポート。 1,はじめに 「親譲の無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」から始まる夏目漱石『坊っちゃん』の冒頭部は名文、名書き出しとして広く親しまれているがで、この小説の結尾の部分もまた、冒頭部ほどではないにしても、名文と…

「優しいサヨクのための嬉遊曲」の美少女について

優しいサヨクのための嬉遊曲 (新潮文庫) 作者:雅彦, 島田 発売日: 2001/07/30 メディア: 文庫 「ふふ、考えても駄目よ。考えるっていうのは悩むことなのよ。悩んだり、苦しんだりしたくなかったら考えない方がいいんですって」 「優しいサヨクのための嬉遊曲…

梅崎春生「桜島」

桜島・日の果て・幻化 (講談社文芸文庫) 作者:梅崎 春生 発売日: 1989/06/05 メディア: 文庫 「桜島」が発表されたのは1946年、戦後間もない頃である。題のとおり梅崎春生が終戦を迎えた地、桜島を主な舞台にした小説であるが、しかし物語は7月の坊津から始…

水村美苗『私小説―from left to right』

私小説―from left to right (ちくま文庫) 作者:水村 美苗 発売日: 2009/03/10 メディア: 文庫 大雪の夜の久遠に人の不幸が亡霊のように記憶に蘇る。 『私小説―from left to right』は冬の寒い夜、カーテンの締め切った部屋、読書灯の黄色っぽい明かりで読み…

綿矢りさ『蹴りたい背中』は二度蹴られる。

蹴りたい背中 (河出文庫) 作者:綿矢 りさ 発売日: 2007/04/05 メディア: ペーパーバック 蹴りたい背中は二度蹴られる。一度目は嫌悪感からであった。では、二度目は……? さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから…

ポーリーヌ・レアージュ『完訳 Oの物語』高遠弘美訳

完訳Oの物語 作者:ポーリーヌ・レアージュ 発売日: 2009/07/01 メディア: 単行本 澁澤龍彦訳のファンたちによる本書へのレビューを見ていると、彼らがいかに、『O嬢の物語』の幻想を消費していたかが見えてくる。その幻想は時に、この高遠弘美による『完訳』…

村上春樹「バースデイ・ガール」について 国語科の観点も少し

バースデイ・ガール 作者:村上春樹 発売日: 2017/11/30 メディア: 単行本 先日、教職課程の講義中に行われた模擬授業において、村上春樹の「バースデイ・ガール」を扱った学生がいた(あらすじなどはwikipediaなどを参照してほしい)。村上春樹編・訳による…

「戦争」がこれから始まる——本谷有希子『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ (講談社文庫) 作者:本谷有希子 発売日: 2016/02/05 メディア: Kindle版 本谷有希子は元々、舞台の人間であった。上京してENBUゼミナール演劇科に入学し、師はあの俳優・劇作家、松尾スズキである。しかし『腑抜けども、悲し…

フェミニストSFについて 『女性状無意識』『闇の左手』『マージナル』

1 フェミニストSFについて 文学とジェンダー/セクシュアリティの関わりを考える上で、フェミニストSFという小さな、しかし数多くの問題作を抱えた一つのジャンルを無視することはできないだろう。そもそも文学とは、文学批評家テリー・イーグルトンによれ…

村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫) 作者:春樹, 村上 発売日: 2002/02/28 メディア: 文庫 サークルで「かえるくん、東京を救う」を読んだついでに全部読みました。村上春樹作品を読んで簡単に思いつくようなことはすべて既に語られてしまっていると思うの…

奥ゆきを手に入れる——川上未映子『ヘヴン』

ヘヴン (講談社文庫) 作者:川上未映子 発売日: 2014/11/14 メディア: Kindle版 いじめを描いた作品、という情報を持っていたために、いじめを主題とした小説として読んでしまった。しかし『ヘヴン』は、ただのいじめを描いた社会派の小説ではないのだろう。…

角田光代『八日目の蝉』

八日目の蝉 (中公文庫) 作者:角田光代 発売日: 2012/12/19 メディア: Kindle版 本っ当に男のいない小説である。この小説の母親にとっては、家族=母と子でしかない。母も娘も、男を父親として見ていない。作中において子を育て見守るのはエンジェルホームの…

入間人間『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん ライトノベル 全12巻 セット メディア: 文庫 全十巻、読み終えたのでちょっと感想をば。ちょっと間を置いて書いているのでいろいろあれです。ネタバレもあるよ。 全体として……冗長な感じ。10巻も必要だったのかなぁ……。あ…

伊藤計劃『虐殺器官』

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA) 作者:伊藤 計劃 発売日: 2012/08/01 メディア: Kindle版 タイトルよりもずっと静かで、そしてタイトルよりもずっとおそろしい小説でした。妙な期待とともに手にとったためか妙な読み方をしてしまい結果としてあまり楽しめず、それ…

『海に住む少女』

海に住む少女 (光文社古典新訳文庫) 作者:シュペルヴィエル 発売日: 2006/10/12 メディア: 文庫 フランス人の詩人・作家シュペルヴィエル作、永田千奈訳の、ノスタルジーを感じる優しい文体で、心地よい異国情緒が漂う短編小説集。 確かに小説であるが叙景詩…