恐怖指導の思い出

ここ数日、noteの更新を(現実には勉強を)サボっている。積み重なる実感のない積み重ねは厳しい。その点、学生の時分というのは恵まれたもので、しかし、その頃も私は積み重ねに精を出すようなことはたいしてなかったなぁと思い出す。

 

時たま口にしつつ、「やってない自慢」のような気恥ずかしさも感じ進んで口にすることはないのだが、正直なところを書くと、私はあまり勉強したことがない。しかしテストではそれなりの点数を取ることができたから、ここまで何となく生きてきてしまった。

 

高校生のときに勉強した記憶というのは、3年の夏の世界史か、3年の予備校での数学くらいだ。世界史は授業を受けていないのに受験しなければならず、午前中いっぱいはとにかく山川の教科書を読みノートに書き込み問題を解いた。数学は、予備校の講師にしては珍しく? 恐怖を与えて勉強させるタイプの先生で、小テストで点数を取れないことを恐れ必死で勉強した。どちらも伸びを実感できる程度に成果が出て、だからこそ覚えているのかもしれないが、やれば成果が出るというのは、ありがたいものだ。

 

恐怖を与えて勉強させるタイプの先生といえば、中学1年生の時に通っていた塾の若い女性の先生が大変な「恐怖指導」を行っていて、今思えば大学生のアルバイトだったのだろうが、漢字の小テストで9割を切ろうものなら、もう泣き出しそうな気持ちで叱責を待った。しかしおかげで漢字も最低限書けるようになった(今でも苦手だが……)。私が同じ塾でアルバイトをした頃には既に、彼女ほどの「恐怖指導」は行えない雰囲気であったが、かの塾に長く働く社員講師たちはやはり恐ろしい人が多く、先輩の背中を見た私までそれなりに恐ろしい講師として働いていた。

 

私がそれ以外にほとんど勉強しなかったように、「恐怖指導」は本質的ではない(継続する動機づけにならない)のだろう。しかし、日本の受験という切迫した状況下では、そういうものがありがたかったりもするかもしれない(私はありがたかった)。学校の教員になってからは、そういったことはまったくやっておらず、いつもニコニコニヤニヤしているが、しかし、恐怖はさておき、程よい緊張感は、何とか演出したいものだと思うこの頃である。