入試国語現代文への二つのアプローチ――『現代文 標準問題精講』

現代文 標準問題精講

現代文 標準問題精講

  • 作者:神田 邦彦
  • 発売日: 2015/07/22
  • メディア: 単行本
 

 私は自身の勉強として現代文の参考書を用いたことがない。現代文で困ったことがないからだ。他の教科に時間をかけた方が効率が良かった。しかし、そうしたこともあってか、進学塾で国語を教えてみると困った。参考書を用いたことがない、それどころか、まともに授業を受けたこともない現代文を、どう教えればいいのかわからなかったのだ。そこで諸先輩のお話を聞いたり、書店で参考書を立ち読みしてまわり、何冊かを購入し熟読し、今では何とかいくらかは成績を上げられる授業を行えているように思うが、その中で気づいたこととして、入試国語現代文には二つのアプローチが存在するようである。
 入試国語現代文には二つのアプローチが存在する。これは、無論確定的な真実などではなく、今の予備校や進学塾、そこの各講師が、方針として、二つの面から指導をしているようだ、ということである。その二つとは、技術面からのアプローチと、内容面からのアプローチだ。
 例えば、私の手持ちの参考書(ちなみに、当たり前といえば当たり前だが、私は「良い」「使える」と思った参考書しか手元に置かない。「手元にある」とはだから「おすすめ」も意味する)から例を挙げれば、石原千秋の『中学入試国語のルール』『教養としての大学受験国語』などは、内容面からのアプローチが中心になっている。内容面からのアプローチとは、すなわち、入試でよく出るテーマ(入試国語的に言えば説明文の「主旨」物語文の「主題」)の思想的核をつかみ、文章の内容を理解できるようにすることで、点数を上げようという考え方である。手元にはないが、例えば『ことばはちからダ!現代文キーワード―入試現代文最重要キーワード20』『現代文キーワード読解』『読解 評論文キーワード:頻出225語&テーマ理解&読解演習50題』もこの類の参考書である。
 一方で、技術面からのアプローチとは、どのような文章を読むときにも使える読解の技術(実際には説明文を読む際の技術・物語文を読む際の技術と二分される)を身に付け、点数を上げようという考え方である。手元にあるものでは、『中学国語 出口のシステム読解―基礎から入試まで!』等の出口汪の著作、中学受験生の「ママ」向けの本だが『SS-1メソッドで国語の点数を一気に上げる!』、大学受験だと『宗先生の現代文の力を底上げする本』が、技術面中心の参考書となっている。
 どのような文章を読むときにも使えるというと、後者の方が手っ取り早く点数を上げられそうではあるが、経験から言えば、技術だけで文章を読むのは実際には(特に小中学生には)かなり難しく、内容面からのアプローチも点数を上げるためには重要だ。中学受験の世界で権威のある(多くの進学塾が採用している)四谷大塚のテキストも、この両面からの指導に使えるように作られており、おそらくどの進学塾でも、この両面からのアプローチが行われている。そして、序文が長くなったが、今回紹介する神田邦彦『現代文 標準問題精講』(旺文社、2015)も、この両面から指導する、大学入試現代文の参考書である。そして、良書である。
 この参考書には四十の問題文(本書は「素材文」と呼ぶ、選び抜かれた文章である)が掲載されている。そしてそれぞれに、「他の文章でも利用できる『汎用性のある読解技術』」を講義する「素材文の読みほどき」と、「素材文」の内容から得られる「知識・教養・考え方」を講義する「素材文の噛み砕き」の二つの部分からなる解説が付されている。これが、まさにここまで述べてきた「技術」と「内容」に相当するわけだが、そのレベルが共にとても高い。指示語、接続語、文末表現などの細部から大きな構造の読み取りまで、「技術」として必要なところは網羅され、そして例を挙げつつ丁寧に説明されている。そして「日本文化」「近代化」、二項対立やテクスト論など、入試において出題されやすいテーマ、読解を助ける思考法が、標準的な「知識・教養・考え方」を提供する「素材文」の選択と解説によって、やはり網羅されている。
 国語の参考書は数あれど、二つのアプローチを十分に満たした参考書は珍しい。『現代文 標準問題精講』は、現代文に困る大学受験生はもちろん、現代文なんて余裕だと思っている受験生、現代文は伸ばせないと思っている受験生に、特に手にとってみてほしい本である。今後の教育改革で、入試現代文において試される力はより高度なものとなるだろう。私のように、なんとなく点数を取れていた学生には厳しい時代になるはずだ(もちろん、そういう学生がきちんと現代文を勉強する羽目になるのは、良いことだ)。誰もが、きちんとした国語の力を身に付けていく必要のある時代なのである。