読むこと

国語教師、『「若者の読書離れ」というウソ』を読む

「若者の読書離れ」というウソ (平凡社新書1030) 作者:飯田 一史 平凡社 Amazon 手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて日常生活が不自由になっていく病気であるALS(筋萎縮性側索硬化症)の特効薬の特許をもつ大富豪が安価な市販化を渋…

児玉雨子『##NAME##』を読む

美砂乃ちゃんといた世界の断片だけは憐れまれたくなかった。目を離せば、あっという間に散り散りになってしまう小さな世界。誰からも覗きこまれたくなかった。そしてどんな美しい言葉であっても物語られたくなかった。怒りと同じで、物語ることができるのも…

酸漿に似た富士と花――太宰治『富嶽百景』

授業のために、太宰治『富嶽百景』を読んでいるのだが、この小説の最後の場面。 その翌る日に、山を下りた。まづ、甲府の安宿に一泊して、そのあくる朝、安宿の廊下の汚い欄干によりかかり、富士を見ると、甲府の富士は、山々のうしろから、三分の一ほど顔を…

桜庭一樹と鴻巣友季子のすれ違いについて思ったこと

この記事でご紹介いただいたのですが、わたしの原稿に〝介護中の虐待〟は書かれておらず、またそのような事実もありません。わたしの書き方がわかりづらかったのかもしれず、その場合は申しわけありません。影響の大きな媒体であり、とても心配です。否定さ…

究極のローカルとは——小松理虔『地方を生きる』

地方を生きる (ちくまプリマー新書) 作者:小松理虔 筑摩書房 Amazon 究極のローカルとは、自分の人生だ。 『地方を生きる』のあとがきにこう記した筆者自身「うお、そうか、まじか、と怯んで」いるが、読者の私も怯んだ。ここまで、筆者の経験と悩みと思考を…

(神の)存在を問う営み——『若い読者のための哲学史』

若い読者のための哲学史 【イェール大学出版局 リトル・ヒストリー】 作者:ナイジェル・ウォーバートン すばる舎 Amazon 初めに述べておけば、私は哲学に関しては、学部で専門としていた程度の専門性もない素人なのだが、とはいえ文系で大学院まで進んでしま…

アラサーになって『グレート・ギャツビー』を読み切る

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー) 作者:スコット フィッツジェラルド 中央公論新社 Amazon フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』村上春樹訳を読み終えた。この小説は高校生か大学生の時にも読もうとして挫折した記憶がある。それは村…

善悪の彼岸の動物たち――芥川龍之介「羅生門」

芥川龍之介「羅生門」を読んでいると、たくさんの動物たちが出てくる。例えば蟋蟀や、鴉や、「狐狸」。しかし、そうした動物たちは、例えば羅生門に死体をついばむために集まり糞を残していた鴉は「刻限が遅いせいか、一羽も見え」ず、風が夕闇とともに吹き…

「恋愛しないので」――田島列島『水は海に向かって流れる』

[まとめ買い] 水は海に向かって流れる 作者:田島列島 メディア: Kindle版 1巻 久々に読むのに時間のかかる漫画を読んだ。薄味の画風には嫌味がなくいつまでも見ていられる。なぜ見ているのかといえば、画力がすごいとか、描き込みがすごいとか、そうした凄さ…

死者と語らう――夏目漱石『こころ』

生徒たちの『こころ』の読解の様子を見ていると、案外、Kの自殺の原因を、「先生」=「私」による裏切りやそれに伴う失恋などではなく、K自身の信念にK自身が背いたことに置く。「教科書」どおり(?)信念に反して矛盾を抱えてしまったこと、その矛盾を…

信じる/ない——今村夏子『星の子』

星の子 (朝日文庫) 作者:今村 夏子 発売日: 2020/01/31 メディア: Kindle版 「うそいわないで」「うそじゃない。容器の裏引っくり返して見てみろ。おれのサインが入ってるのは中身全部水道水だ」 母が段ボールの中から一本取りだし、容器を逆さにすると、そ…

Google Earthで『土佐日記』を追う

暇つぶし、ではなく教材研究の一環として、Google Earthで『土佐日記』に登場する地名をチェックしてみた。そんなに凝ったものではないし、旅程は教科書や資料集なんかにも図入りで載っていて、特に新たな発見があるわけではないのだが、行ったことのない土…

「先入観」について(小松理虔『新復興論』の「福島県産品」問題に関連して)

新復興論 (ゲンロン叢書) 作者:小松理虔 発売日: 2018/09/01 メディア: 単行本 先入観を持つことは良くないことだと気がついた。何とか先入観を持たず、誰とでも対等でありたいのだが、どうすればいいか——そのような問いに出会った。 「先入観」が良くない結…

男子は友人を知らない——米澤穂信『本と鍵の季節』

本と鍵の季節 (集英社文芸単行本) 作者:米澤穂信 発売日: 2018/12/14 メディア: Kindle版 女子どうしの友情と比べると、男子どうしの友情は淡泊なものに見える。身体的接触は少なく、余程のことがなければ贈り物なんてしないし、電話で雑談なんてしないし、…

近況/書くことについて

とにかく金がなく「New arrivals」も何もあったものではない。そして精神状態が悪くろくに本も読めない。積読から読める本を探し出し読んでは投げる日々である。 積読から『プレーンソング』を読んだ。金に余裕のある社会人と金のない学生ではない二十代の青…

アースシーの魔法=哲学と物語——『ゲド戦記』

ゲド戦記(6点6冊セット) (岩波少年文庫) 作者:アーシュラ・K. ル=グウィン 発売日: 2009/03/01 メディア: 単行本 作家アーシュラ・K・ル=グウィンは『ゲド戦記外伝』の「まえがき」でこう語っている。 まったく実在したことのない、つまり一から十まで完全…

情報は一冊のノートにまとめるべきか?——『情報は一冊のノートにまとめなさい』

奥野宣之『情報は1冊のノートにまとめなさい』 内容 主張はわかりやすい。あらゆる情報は、一冊のノートにまとめられるべきだというものである。デジタル関係の話はやや古いが、Evernote等、デジタル手帳がかなり使えるレベルになっている昨今、ある部分では…

長く気持ち悪く痛々しい良質のライトノベル——『イリヤの空、UFOの夏』

【合本版】イリヤの空、UFOの夏 全4巻 (電撃文庫) 作者:秋山 瑞人 発売日: 2018/09/10 メディア: Kindle版 この小説はタイトルに反して?驚くほど爽やかではない。そしてライトでもない。 まず設定や登場人物たちが爽やかではない。軍事政権下のような情勢で…

A4裏紙の行き場――『ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング』

ゼロ秒思考 作者:赤羽 雄二 発売日: 2014/01/14 メディア: Kindle版 ●まとめるとあるテーマについて、A4用紙1枚に1分でアイデア(考え)を複数個書き出す訓練を日々重ねることで思考力がアップするというもの。 ●こんな人にオススメ・A4の裏紙が大量に発生…

森見登美彦『夜行』のホラー

夜行 (小学館文庫) 作者:森見登美彦 発売日: 2019/10/04 メディア: Kindle版 森見登美彦の『夜行』を読んだ。正直に言って森見登美彦のこれまでの小説の方が好きだ。しかし、やはりよくできている。 小説は第一夜〜題五夜の五つの章に分かれている。それぞれ…

アリストテレス「詩学」と現代演劇

アリストテレース詩学/ホラーティウス詩論 (岩波文庫) 作者:アリストテレース,ホラーティウス 発売日: 1997/01/16 メディア: 文庫 数千年前、まだこの世にドラマ=演劇などという概念のなかった時代の「演劇」論。 例えばカタルシスなんて言葉、俗に使わ…

人は死ぬ/なかなか死なないことと向き合う

何か創作のヒントがないかと、古いメモを見返していたら、高校時代に構想した小説のプロットが出てきた。その小説では、少女が白血病で死ぬことになっていて、笑ってしまった。もう、白血病で若い子は殺せない。 人は病に殺され続けてきた。もちろん今でも人…

夏目漱石『坊っちゃん』の「だから」はなぜ「日本文学史を通して、もっとも美しくもっとも効果的な接続言」なのか

日本語学の演習のレポート。 1,はじめに 「親譲の無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」から始まる夏目漱石『坊っちゃん』の冒頭部は名文、名書き出しとして広く親しまれているがで、この小説の結尾の部分もまた、冒頭部ほどではないにしても、名文と…

「遺言」について

学生だった頃、講義で提出したレポート。ひどいものだ……。 --- 文芸評論家・井口時男は、鮎川信夫「死んだ男」の書き出しを引用しつつ、戦争文学について以下のように述べる。 生き延びた者が死者によって問いつめられる。生き延びた者は,問いつめる死者へ…

「優しいサヨクのための嬉遊曲」の美少女について

優しいサヨクのための嬉遊曲 (新潮文庫) 作者:雅彦, 島田 発売日: 2001/07/30 メディア: 文庫 「ふふ、考えても駄目よ。考えるっていうのは悩むことなのよ。悩んだり、苦しんだりしたくなかったら考えない方がいいんですって」 「優しいサヨクのための嬉遊曲…

文学に入門するための本

間違えて文学部に入ってしまう、という事態は実は往々にしてあり得る。文学部にしか通らなかった、国語が好きだから、数学が嫌いだからーーそんな「だから」は、実はありふれているのではないか? そうした、間違えて文学部に入ってしまった人に、そして、間…

梅崎春生「桜島」

桜島・日の果て・幻化 (講談社文芸文庫) 作者:梅崎 春生 発売日: 1989/06/05 メディア: 文庫 「桜島」が発表されたのは1946年、戦後間もない頃である。題のとおり梅崎春生が終戦を迎えた地、桜島を主な舞台にした小説であるが、しかし物語は7月の坊津から始…

水村美苗『私小説―from left to right』

私小説―from left to right (ちくま文庫) 作者:水村 美苗 発売日: 2009/03/10 メディア: 文庫 大雪の夜の久遠に人の不幸が亡霊のように記憶に蘇る。 『私小説―from left to right』は冬の寒い夜、カーテンの締め切った部屋、読書灯の黄色っぽい明かりで読み…

ミステリー戯曲『マクベス』

マクベス (光文社古典新訳文庫) 作者:シェイクスピア 発売日: 2013/12/20 メディア: Kindle版 ミステリー戯曲である。普通に読んでも飽きさせるところのない快作でもあるのだが、ちょっとした台詞が実は続く展開や物語全体を暗示していたり、ちょい役と見せ…

小劇場に行くための本

今、演劇が熱い、と演劇に関わる人間が最近よく口にしているのですが、決して内輪だけの熱さではないと私も感じております。演劇に関しては、劇団四季とかシェイクスピアとかといった大物のイメージを持たれている方の多い気がしますが、しかし、今、熱いと…